眼球越しの私の世カイ

俺越しの「世カイ」の話

矛盾だらけが1番筋通ってる

久しぶり

もう10日以上空いてしまった。

その間、暇な時とか暇じゃない時にいろいろ考えることがあって、「あー、これは書いときたいなー」とか思ってたんですけど義務感で動くのは嫌やったから。まぁぼちぼち。

 

とはいえ今回はテーマを決めてから書くわけじゃないからもうしばらくうろうろする。

 

ブログってアクセス数が見れるんですけど、意外と結構見てくれてるんやなあってグラフを見るたび思います。

ただまぁ、他人に語りかけてるっていう実感は正直なくて、案外「数字」って力無いんやなーって思いました。

 

そんな時に、親友が「ブログ読んでる」って個人的に言ってくれて、そこに「頑張れ」って言葉があったわけでもないし、ただ、そいつが読んでるっていう事実を知っただけやのに、数で言ったらアクセス数の方が数千倍の読者を証明してるのに、めっちゃ感動しました。

 

よし、んじゃ決めました、他人と自分について話します。

 

考えすぎると陥りがちな勘違い

 この、他人と自分との関係こそが自分で感じる自分の価値を決めてるんちゃうかなって最近思います。やから自意識過剰で承認欲求の高い俺にとってはめっちゃ大事なことです。

 

知る限りあんまいないですけど、俺みたいな、ある意味で超ナルシストな尖った奴って、「自分は自分」とか「芯」とか、そういう確固たる存在であるべきやってことに固執してることがあります。

自分を縛る勘違いというか。

だからいい加減でゆらゆらしてる他人とか世間にも厳しいし、イラついてしまう。

 

そんな自分の考えに対して最近「なんかちゃうな」ってよー思うんです。

 

そもそも俺は確固たる意志なんて持ってないし持つつもりもない、常に人には多面性があってそのうちのいくつかがアウトプットとして今のその人をかたどってるだけ。

 

だからいくら正論が吐けるとかよりも、その時々の自分が納得した言葉を吐けることの方が大事やと思います。

納得できるような言葉が出てこないことすらも。

 

ほんまの意見は何なんって誰かに責められて考え込むようなことがあっても胸を張って「わからん」って言えばいいと思うし、そいつに合わせた答えを用意してもいいと思う。

 

全部ほんまの自分でっしゃろ。

 

俺自身、自分はいろんな表情を持ってると思います。

家族用、地元の友達用、大学の友達用、先輩用、後輩用、親友用、先生用、ドイツの人用、可愛い女の子用、、、、、、あげてたらきりがない。

ひょっとしたら人間一人に対して一人の自分。

それらがどこかで矛盾を起こすような顔でも全部本物で偽りはないです。

よろしく。

 

っていう意見を全部否定する自分が明日には生まれていてもそれは不自然ではなくて唐突な自然なんやと思いました。(無限ループ)

 

矛盾を背負って生きていく。

 

でしゃばるな自分、他人は賢い

俺が思いつくようなことは みんな思いついてる。

俺が抱えるような苦悩は みんな抱えてる。

っていうのが俺の他人に対する基本的なスタンスです。

6割は本気で思ってて、4割はそう思うようにしています。

誰かを見下す気持ちや、表面上のキャラクターや言葉選びで相手を判断することは、結果的に自分の存在意義を地に落とします。

下で述べますが、他人=自分に価値を与えるもの。

 

あと、どんな人でも小一時間話してみると大概「あー賢いなー」って思うし、

俺が言うような思想、哲学も、潜在意識的な部分で共鳴してるんやろなって思います。

 

いわゆるアホとか浅い奴ってのは表面的なアウトプットの能力が絶望的なだけで、本質的な部分で人がわかりあえないことってあんまり実はないんちゃうかと思います。

(断じて俺は話し合いで何でも解決みたいなお花畑ではありません。あー説明むず。政治的意見は語りたくないから何も言わんけどそう言うことじゃない、わかって。)

 

エヴァが形にしてくれた

少しそれて、

最近エヴァのアニメと旧劇場版を全部見終わって、めっちゃ感動したというか触発されているというか、余韻に浸ってます。(詳しくは別の記事にします。)

あのアニメってめっちゃ雑にいうと、「自分の価値とは」ってことにまとめられると思うんです。俺個人の感想ですけど。

 

 でそのエヴァの中で(アニメシリーズのラスト2話ぐらいやったと思います。)

主人公シンジが、他人からの自分の見え方(認められたいなどの思い)、自分の価値について悩み、自分の中の、自分や他人のイメージとやりとりをかわし、おかしくなるところがあるんです。

 

まるで何処かの誰かの詩みたいでビックリしました。

 

kailyokota.hatenablog.com

 

もうほんまにこんなんで、

「僕はエヴァに乗ることでしか誰にも認められない。

他に存在する価値がない。『価値が欲しい』」

って、まさにそんな感じなんですよ。

 

めっちゃわかるー。

俺にはエヴァすらない。

でもみんなそうじゃない?

 

みんなそうなんです。多分。

 

結局これって他人に自分を委ねているわけで、

自分以外何もない世界では自分の存在すら不確かなんですよね。

求めているものは、「自分の価値」なんですけど、それは他人が認めることによって初めて成立するっていう。

 

俺はあくまで自分のために、行動を起こしている、っていう納得のためにブログを書いているけど、親友の「ブログ読んでる」っていう言葉がなかったらその価値も不確かで不安なものになってしまう。

 

だから他人、ありがとう。

俺はこんなにも自分が自分であるということに価値を欲している。

それは俺からみんなへの愛の強さの証でもあると思ってるし、逆も然り。

 

自分の力だけで、自分には価値があると思い込んで納得して悩まずに生きられるような強い人間はおらんと思います。

てか、自分で自分に納得することは果たして「価値」と呼べるものなのか。

 

伝わってる自信はあんまないけどまいいです。

もし暇やったらエヴァシリーズ見てみてください。

「何言ってるかあんまわからんかったし難しかったけどなんかすごかったー(棒)」

っていうその感覚をみんなにも保存してもらいたいです。

 

疲れた。終わろ。

今回のブログ、ほんまわかりにくいんで雑にまとめます。

  • 正論や芯の通った意見なんてない。俺は矛盾だらけの人間で、それが人らしさやと思う。
  • 価値がないと生きるのは辛い。それは他人と自分に線を引くものでもあるけど、他人がいることによってしかありえない。みんなありがとう。
  • エヴァはおもろい。