絶望と諦め。「実感」に刺さるバンドandymori
先に言っておきます、結構たくさん動画を埋め込んでいますが、思いつきで貼ってるものですし飛ばして読んでも全然いいです。
全ての曲を聴いた上で何となーく貼ったものなんで、興味が湧いた人は選ばずに聴いてもらっていいと思います。
あと見出しとか何もなくて読みづらくてごめんなさい、久しぶりやから許してください、何にもしませんけど。
andymoriというバンドの話です。
いろんな経験をして今という日があって、やっぱりこのバンドに出会えてよかったなって数年越しに思っています。
自己肯定感が欲しい人、ゆるく幸せな人、ゆるく不幸な人、日々がだるい人、音楽とはなにかがわからんくなってる人、死にたい人、には是非聞いてほしい。
このバンドに出会ったのは中学2年生ぐらいのときかな、アルバム「革命」が出てた頃なので2011年。
多分そんなもんです。
同級生で知ってた人はほとんどおらんかったからめっちゃマイナーやと思ってたけど、今思うと全盛期を見てたんやなーって思います。
ゴリゴリのプッシュを受けてたわけでもないけど業界の中では高い評価を受けてたらしいし。どうでもいいけど。
と言うわけでとりあえずこのバンドとの出会いの曲を貼りますんで聞いてください。(MV公開日が2013年になってるけど多分レーベルのあれやこれやで公開し直したんじゃないかなーと思います)
友達づてに聞いたわけでもなく親が知ってたわけでもなくyoutubeで自力でたどり着いて、惚れたって感じの初めてのバンドです。
どうでもいいけど、あなたへのおすすめっていう機能ほんまにすごいよね。
で、どうですかね聞いてみて。
ここでしょーもないってなったならまぁそこまでなんですけど、興味あったら引き続き読んでください。
当時のまだまだ音楽的知識も乏しかった俺からするとまず短さが斬新に感じました。
あと少年みたいな歌声と、なんの小細工もないクッソ簡単なコード進行。
歌詞は斬新かっていうとそうでもないんですけどそれがすごいとこで、そこまで斬新じゃないことを実感に刺さるように歌える声とキャラクターと音楽性が彼らにはあると思うんです。
100回1000回1万回さけんだって伝わらない届かない思いは
100日1000日1万日経った後できっと誰かの心に風を吹かせるんだ
andymoriが叫んだ思いは数千日経った今も俺の心に風を吹かせてますからね。
すごい歌詞って「わかる」みたいな誰もが持つ感覚を誰もが予想しない角度や言い回しから突きつけて来るみたいなイメージがあるんですけど、andymoriはあんまりドキッとする言い回しは多くないです。
あったとしても曲の陽気さやエモさに隠れがちで。
ありきたりなことをいかに自分のものとして吐けるか、みたいな感じがします。
さらに、
気付く人がどれだけいるか、勘違いかもしれませんが、絶望感や諦めが垣間見える気がするんです。その哀愁がすごい。
『冷蔵庫の前うろつく』とか、『いつもの自販機でコーラ買う』とか、リアルな「停滞、もどかしさ」を味わったことがある人間が表現するベットリとした現実世界を感じます。
小説にしてもなんにしてもこの感じすごく嫌いやけど、めちゃ印象に残るし結局すごく好きです。
「日々」という物の捉え方が実はすごくネガティヴ。
『いつも最低いつも最低最高最低』
そのぐらいのペースで毎日は巡ってる。
『楽園なんてないよ、楽園なんてあるわけない』
俺らの日々は大したものでもない。
その上でどう生きるべきかって言う答えがありきたりでゆるくて多幸感であふれていて、沁みる。そんな感じ。
『大丈夫ですよ』とか、『世界で一番お前が正しいんだよ』とか、『宇宙の果てはこの目の前に』とか、「どうでもいいやんけ」って感じでそんな日々をあしらってくれる。
andymori「投げKISSをあげるよ」〜SWEET LOVE SHOWER2012〜
総括するとandymoriは実感を救ってくれる。
最近すごく思うことなんですけど、生きる上で哲学や思想なんて無くても良くて、大事なのは実感なんです。(賢くなりたいとか考える力が欲しいなら別です。ただ「生きる」ことにおいての話)
これが充実してるかしてないかだけで人は生きたり死んだりするんです。
だからバカがバカの価値観でした恋愛をバカなりに歌に落とし込んでバカに寄り添ったフリして売りつけた曲がヒットすることもある。
それくらい実感ってものは大事やし何を起こすかわからない。誰とは言ってないけどなんかごめん。
そしてボーカルの小山田さんもその重要性を強く感じる体験(多くは語らないので気になる人は調べて)に基づいて、思想や哲学はとりあえずそっちのけに、ただただ主観的に実感を歌にしているんだと思います。
単純に姉や、友や、家族や、被災者など、その時自分が歌を送りたかった人に向けて歌ってるだけなんだけど、その中身や姿にはどうしても自分を重ねたくなる。そういう歌が多いなーって思います。
andymori 2nd LIVE DVDより"Peace"
暗い経験に暗い歌を、ではなく、暗い経験に基づいた明るい歌を。
彼らは心底正義とか栄光とかに興味が無くて、実感の中で如何に生きるかってことが重要なんやとおもいます。
andymoriラストライブはまるで過程にいるバンドのようなものだったって、よく聞きます。
日本武道館でやったそんなライブの数ヶ月後、夜中の商店街で十数人に囲まれながら歌を歌う。こんなに媚びずに素直に実感のために生きてるミュージシャンがいるんかって、惚れてしまう。
小山田壮平 ハッピーエンド(andymori) [2016.5.8]
音楽は生きるために必要かみたいな話はいつの時代も尽きんけど、一部の人にとっては手短な趣向品でしかないんかなと思います。(というのもRADの曲に対する浅はかすぎる批判を見て思ったんですけど。)
そういう中、
実感に刺さる音楽は必要とまでは行かなくても楽にしてくれる薬にはなり得ると思います。
セックス・ピストルズから尾崎豊まで、いつの時代も一斉を風靡したのはそういう人間のそういう音楽やとおもいます。
たとえ時代が変わっても、争いは止まないし欲しいものは尽きないし悲しみは消えないので、この類の音楽は必要とされ続けると思います。
他にも、旅と人種とアイデンティティという視点についてや、同じ単語が違う曲にも多用されていることなど、語りたいポイントや見方はかなりたくさんあるバンドなんですが、なんだか疲れてしまったのでこの辺で終わっておきます。